主体的な学びの原点「みいつけた」

2017年06月30日

梅雨とは言え、真夏のような毎日が続いています。千倉行事を控えて、梅雨明けが気になるところです。 学校では、国語の授業で扱った作品を朗読する練習、レポートやテストの準備、どの学年も1学期の山場を迎えています。 今回は、中学校の卒業論文と「みいつけた」の関係について話題にしてみましょう。

少し前になりますが、中学校の9年生(中学3年生)がこの半年取り組む卒業研究のタイトルが発表されていました。中学の先生達は、どのような内容が自分の担当になるのか、その一覧表を見ながら盛り上がっていました。極一部ですが、ご紹介します。

・本当の民主主義とは    ・勉強する意味    ・戦争と差別  ・確率~本当にランダムなのか~ ・労働問題とその他の社会問題の関係について  ・一日に虫はどれぐらい運動しているのか    ・人間はなぜ最終的に死ぬのか  ・上手な空気の崩し方  ・将来AIでほろびる職業は  ・難民が急増する理由  ・サンゴの環境保全   ・多摩川の外来魚      ・なぜ明星は自由なのか

中学校では、こうした多岐にわたる生徒達の学びの欲求に応えるために、先生達だけではなく、ボランティアをつのり、各界の専門家にお手伝いいただいています。そんなわけですから、私にも何か出来ることがあれば?と思ったのですが、どのタイトルを眺めても自分が学んできた世界では生徒達の要望に応えられる気がしませんでした。生徒達の興味関心は、本当に多岐にわたっており、中には哲学的な内容もあり、驚かされる物ばかりでした。

中学校では、いきなり論文に取り組むのではなく、まずこの夏休みを利用して「してみる計画」ということをさせています。自分が興味を持った世界(テーマ)に対して、先ずは資料に載っている実験や調査を自分なりに追体験してみる、アンケートを取ってみる、専門家を訪ねて話を聞いてみる、そうした活動をやらせてみるそうです。この段階をとらないと、ただ資料にあることをそのまま写してしまい、自分で考えたり、感じ取ったりすることがなくなってしまうからです。つまり、単なる調べ学習ではなく、実証的な物へ引き上げることができるわけです。当然、やってみることで、新たな疑問が生まれてくることもあるでしょう。何かを深めるということは、次から次へと新しい疑問がわいてくるものです。

ところで、1年生は、平仮名(清音)の指導をこの1学期かけて丁寧に学んでいます。ですから、「みいつけた」の発表は、口頭で行っています。現時点での聞き取りによる1年1組河住学級の「みいつけた」を一部分、ご紹介しましょう。

C:土曜日に触角がウサギの耳みたいな虫を見つけました。

… 場所や色などの質問が出ている中で… C:触角ってなあに?という質問が! すると、何人もの子から触覚のお話が… C::虫は人間みたいに言葉がしゃべれないから、触覚を使うんだよ! C:触角は、感じることが出来るところなんだよ! C:敵がこないかなという時、触角が動いてて、大丈夫っていう時はあまり動かない。 C:前にアリがつぶれたのを見たんだけど、そのまわりにアリが集まってて、触角がすごい ゆれてたの! それで、次の日にはなかった! C:それは、連れて行ったんだと思う。  この発表の後、子どもたちは、触角に注目するようになりました。だんご虫、カブトムシの発表の際も触角に注目した質問があり、実物も触角を特に意識しながら見るようになりました。

すごいですよね。まず、驚くのは、発表者の子がなにげない「ホタルガ」に目をやり、その体の割には大きな触角に興味を持ったことです。正に「気付き」ですよね。この子は、「触角」という言語は所有していましたが、その働き等についてはよく知らなかったのでしょう。周りの子どもたちから質問が、その発表者の着目点を上手く拾いあげ、それぞれ自分の経験などに重ねながら、たくさんの事例に触れながら、「触角」という言葉を深く理解していくプロセスがとても興味深いです。全く知らなかった子どもたちも、こうした言葉のキャッチボールから、「触角」に興味を持ち、「触角」という新たな視点で今まで知っていたお馴染みの虫を眺め直すことができるようになっていきます。「みいつけた」の目標として、「命の尊さ」と、いうことも勿論ありますが、それとは別に自然科学、社会科学などを学んでいく上で大切な視点を獲得していくことがあります。正に、学び方を学んでいると言えます。

1年生の「みいつけた」は、身近な自然に働きかけて、そこから新しい事実に向き合って広がっていく一連のプロセスがあります。中学生の卒業論文は、自分が知ってから、読んでから改めて自分の中にその問題を繰り入れて、新たな疑問に対峙しながら、再表現する中で深い認識を作っていくプロセスがあります。

この様に、発達段階、認識の段階こそ違いますが、1年生から始まる「みいつけた」には、卒業論文に通ずる様々なエッセンスが隠れているのです。世間では、「主体的な学び」という言葉をよく耳にします。明星学園には、「みいつけた」にその原点があるのです。

校長だより
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