教科の社会的機能

2017年12月01日

立冬を過ぎ、朝晩の冷え込みが一段と厳しくなってきました。校庭の銀杏の葉も色づき始め、冬が一歩一歩近づいて来ていることを感じます。  先週土曜日の公開研究会に関しまして、ご理解、ご協力をいただきありがとうございました。北は北海道、南は沖縄から200人を超す参加でした。

この明星学園の公開研究会は、1964年(昭和39年)頃からの取り組みと聞いています。そうです。昭和39年と言えば、東京オリンピックの年です。戦後、スプートニクショックを受け、日本でも科学推奨の時期です。それまで主流だったコア・カリキュラム(生活単元学習)に対して、科学的、系統的な学習へ教育の流れが移った時期です。官民が歩みを共にして、戦後の教育を形作ろうとしていた時代です。高度成長期に入り、経済的にも日本が急速に発展した頃です。そうした時代を背景にして、『わかるさんすう』や『にっぽんご』の教科書も誕生しました。

研究会の形体は、いろいろな変遷を経て現在の物になっています。ここ数年間は、毎回、全体会を持ち、特別ゲストを招くようになりました。それは、6・6制(小学校、中学・高等学校)導入の時期です。秋山仁氏、汐見稔幸氏、アーサー・ビナード氏など様々な方たちに講演をして頂いています。詩人の谷川俊太郎氏をお招きした際は、講演はできないからとおっしゃるので、教員が聞き役になり、座談会風に仕立てました。私自身も、毎回、心に残るすてきな言葉や元気をもらっています。  今年は、2009年に引き続いて、金森俊朗氏をお招きしました。今回は、特別活動の分科会講師も兼ねてのことでしたので、この分科会に参加された方や教師は、金森精神に直接触れることができる、素晴らしいチャンスを頂いたといえます。私は、握手をした時の金森先生の手の温かさ、柔らかさを感じ、大きなその手で体ごと包み込まれる様な感覚を覚えました。体中からあふれ出る強いけれど、優しいエネルギーの様な物を感じました。

講演が終わり、研究会も終わり、長い一日に終わりを告げようとした頃、一人になった私の頭の中には、ある言葉が浮かび上がってきました。それは、金森氏が講演の後半で述べたものです。  『概念を教えるにとどめず、観を育みたい!』  以前から気になっていたところをずばり指摘されました。計算ドリルや教室の中では、家族や世界と繋がらないとも言われました。勿論、明星では多くの教師が学級通信などを利用して、家庭とのつながりを意識しています。でも、世界とは…。子どもたちが学んだ概念や法則を使って、世界を読み解く段階が今の明星にあるだろうか。  『視野を広げろ!子どもたち目を広げてやれ!』 まるで、この様なことを言われているように感じました。穏やかな、優しい眼差しですが、とても力強い、重みのある一言でした。

6月頃、私が明星へご縁を頂いた頃お世話になった佐藤文夫という先生と話す機会がありました。この先生は、当時、理科を中心として教科カリキュラムを担う中心的な人物でした。その先生が6年生の“燃焼(物の酸化)”の授業で、物が燃えるという現象を酸化という概念で一通り教えたあと、研究課題として酸性雨の話を扱っていたのを思い出しました。学んだ概念や法則を使って、身の回りの社会で起きていることを眺め直す課題です。 こうした教科の延長線にある内容を扱う必要性が求められている、と改めて思いました。

参考

酸性雨の原因は、化石燃料の燃焼(人為起源)や火山活動(自然起源)などにより放出される二酸化硫黄(SO2)や窒素酸化物(NOx)です。これらのガスは、大気中で光化学反応などの化学変化を起こし、硫酸や硝酸となって降水に溶け込み、酸性雨となります。 酸性雨は、河川や湖沼、土壌を酸性化して生態系に悪影響を与えるほか、コンクリートを溶かしたり、金属に錆を発生させたりするので、建造物や文化財に被害を与えます。

校長だより
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